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東京地方裁判所 平成元年(ワ)8734号 判決 1991年11月26日

第一事件ないし第三事件原告・反訴事件被告

亡松山吉次郎承継人

松山典子

右訴訟代理人弁護士

川口哲史

第一事件ないし第三事件被告・反訴事件原告

ワールド・ジョイ株式会社

右代表者代表取締役

瀧口克巳

右訴訟代理人弁護士

磯辺和男

高橋順一

八木清文

主文

一  第一事件原告の請求をいずれも棄却する。

二  第二事件被告が松山吉次郎に対する東京法務局所属公証人松藤滋作成平成元年第一六八八号の執行文を付した債務弁済契約公正証書に基づき平成元年八月二五日別紙物件目録(その二)記載の各動産に対してした強制執行は、これを許さない。

三  第三事件被告が松山吉次郎に対する東京法務局所属公証人松藤滋作成平成元年第一六八八号の執行文を付した債務弁済契約公正証書に基づき平成元年七月二八日別紙物件目録(その三)記載の各建物に対してした強制執行は、これを許さない。

四  反訴事件被告は、反訴事件原告に対し、金五億二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年六月一一日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを三分し、その二を第一ないし第三事件原告・反訴事件被告の負担とし、その余を第一ないし第三事件被告・反訴事件原告の負担とする。

六  第二事件について当裁判所が平成元年九月一一日にした強制執行停止決定及び第三事件について八王子簡易裁判所が平成元年一一月一六日にした強制執行停止決定をいずれも認可する。

七  この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(第一事件について)

一  第一事件原告

1 第一事件被告は、第一事件原告に対し、別紙物件目録(その一)(一)ないし(一〇)記載の各不動産について、別紙登記目録(一)記載の各登記の、及び別紙物件目録(その一)目録(四)ないし(一〇)記載の各不動産について別紙登記目録(二)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

2 訴訟費用は、第一事件被告の負担とする。

二  第一事件被告

1 主文第一項同旨

2 訴訟費用は、第一事件原告の負担とする。

(第二事件について)

一  第二事件原告

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は、第二事件被告の負担とする。

二  第二事件被告

1 第二事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、第二事件原告の負担とする。

(第三事件について)

一  第三事件原告

1 主文第三項同旨

2 訴訟費用は、第三事件被告の負担とする。

二  第三事件被告

1 第三事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、第三事件原告の負担とする。

(反訴事件について)

一  反訴事件原告

1(一) 主位的請求

主文第四項同旨

(二) 予備的請求

反訴事件被告は、反訴事件原告に対し、金五億二〇〇〇万円及びこれに対する平成元年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、反訴事件被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  反訴事件被告

1 反訴事件原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、反訴事件原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(第一事件について)

一  原告

(請求原因)

1  別紙物件目録(その一)記載の(一)ないし(一〇)記載の各不動産(以下、右各不動産について同目録の番号を付して「(一)の不動産」「(一)ないし(四)の不動産」などと称し、これらを併せて「本件各不動産」という。)は、もと亡松山吉次郎(以下「吉次郎」という。)が所有していた。

2(一)  吉次郎は、平成三年八月二一日、死亡していた。

(二)  第一事件原告(第二、第三事件原告・反訴事件被告。以下「原告」という。)は、吉次郎の子であり、吉次郎の唯一の相続人である。なお、吉次郎は、訴外松山京子(以下「京子」という。)と婚姻していたが、平成三年六月七日、京子と協議離婚した。

3(一)  本件各不動産について、第一事件被告(第二、第三事件被告・反訴事件原告。以下「被告」という。)のため、別紙登記目録(一)記載の各登記(以下「(一)の登記」という。)がされている。

(二)  (四)ないし(一〇)の不動産について、被告のため、別紙登記目録(二)記載の各登記(以下「(二)の登記」という。)がされている。

よって、原告は、被告に対し、本件各不動産の所有権に基づき、(一)の登記及び(二)の登記の各抹消登記手続をすることを求める。

(被告の主張に対する認否・反論)

1  同1について

(一) 同(一)及び(二)の事実はいずれも知らない。

(二) 同(三)の事実は否認する。

2  同2について

(一) 同(一)の事実は知らない。

(二) 同(二)(1)及び(2)の各事実はいずれも知らない。

(三) 同(三)(1)のうち、京子が、被告主張の当時、吉次郎の妻であったことは認める。(2)の各事実はいずれも否認する。ア①の昭和五七年二月二四日付一〇〇〇万円の借入れは吉次郎が自ら申し込み、その書類は当時合資会社松山材木店(以下「松山材木店」という。)の経理を担当していた訴外田村正夫が作成したものであり、京子は連帯保証人になったにすぎない。また、ウについて、貸家・アパートの管理は吉次郎が自ら指示し、又は訴外共栄不動産に依頼して行っていた。

(3)及び(4)はいずれも否認する。

3  同3について

否認し、争う。

4  同4について

否認し、争う。

5  同2、3に対する反論(正当理由の主張について)

金融機関である被告は、取引きに際し、本人の意思確認については一般の場合よりも高度の注意義務が要求されるところ、被告は、慎重な調査を怠り、京子が提出した本件各不動産の登記済権利証、吉次郎の実印・印鑑証明書等のみから、京子に代理権があり、又は被告主張の自称吉次郎が吉次郎本人であると安易に信用したものであり、その信じたことには過失がある。すなわち、

(一) 本件に先立つ八か月間に本件各不動産又はその一部に三億円ないし四億五〇〇〇万円の担保が相次いで設定され、その債務者も吉次郎や京子の親族・関連会社でない者が含まれていたことは登記簿上明らかであり、これらは吉次郎の生活状況と比較して異常なものであった。また、京子が本件各不動産を売却してその代金を債務の弁済に充てると述べたとしても、本件各不動産には第三者に賃貸中の借地・借家等が含まれ、吉次郎の自宅((九)の不動産)の敷地も借地であり、その売却は容易でなかった。したがって、京子の借入申込について不審を抱くのが当然であったにもかかわらず、被告は、その経緯や現地を調査しなかった。

(二) 田代信久(以下「田代」という。)は、吉次郎宅において被告主張の自称吉次郎に面会した際、借入れの経緯、動機、返済の目途、資産状況、生活歴、成年月日、出身地、松山材木店の状況、借地人・借家人の状況、近所の知合いなどについて発問していれば、右自称吉次郎が吉次郎本人であったか否かについて容易に確認することができたにもかかわらず、これを怠った。また、右自称吉次郎のポラロイド写真による確認について、田代は、松山材木店近くに吉次郎の親族、松山材木店の従業員、借家人等多数の吉次郎関係者がおり、これらの者に尋ねれば偽装工作を容易に見抜けたにもかかわらず、あえて道路上の氏名不詳者に確認したにすぎず、しかもその氏名、住所、職業、吉次郎本人との関係については何ら確認しなかった。

二 被告

(請求原因に対する認否)

1  同1は認める。

2  同2は(一)の事実は認める。(二)のうち、吉次郎が京子と婚姻していたことは認め、原告が吉次郎の唯一の相続人であることは争う。その余は知らない。

3  同3(一)及び(二)の各事実はいずれも認める。

(被告の主張)

1  有権代理

(一) 被告は、京子との間で、平成元年三月九日、本件各不動産について、被告のため、左記(1)の根抵当権設定契約及び同(2)の停止条件付賃借権設定契約(以下、右両契約を併せて「本件根抵当権設定契約」という。)をそれぞれ締結した。右各契約の契約証書の吉次郎名義の署名は、後記2(二)のとおり、吉次郎と称する男(以下「自称吉次郎」という。)がしたが、自称吉次郎は京子が単に自分の意のままになる手足として用いたにすぎないから、右署名は京子自身の行為であり、本件根抵当権設定契約は京子が締結したものである。

(1) 根抵当権設定契約

ア 被担保債権の範囲 金銭消費貸借取引上の債権、保証取引上の債権、手形債権及び小切手債権

イ 極度額 七億円

ウ 債務者 吉次郎及び京子

(2) 停止条件付賃借権設定契約

ア 条件 右根抵当権の確定債権の債務不履行

イ 賃料 一平方メートル当たり一か月三〇円

ウ 支払時期 毎月末日

エ 期間 三年

オ 特約 譲渡、転貸ができる

(二) 京子は、本件根抵当権設定契約締結の際、右(一)のとおり自称吉次郎をして直接吉次郎の名を署名させ、吉次郎のためにすることを示した。

(三) 吉次郎は、京子に対し、本件根抵当権設定契約締結に先立ち、その代理権を与えた。仮にそうでないとしても、吉次郎は、日ごろ、その実印を京子に預け、吉次郎の財産管理等を全て任せ、さらに松山材木店の資金調達、営業等経営の一切を任せ、吉次郎所有の不動産に担保を設定することも認めていたから、京子は、吉次郎の財産に関する包括的代理権を有していた。

2  表見代理

(一) 仮に、京子に本件根抵当権設定契約の代理権がなかったとしても、被告は、本件根抵当権設定契約締結の際、京子にその代理権があるものと信じた。

(二) 被告が右(一)のように信じたことには、次のとおり正当な理由がある。

(1) 京子は、平成元年三月二日、被告の本店を訪ね、被告の常務取締役仁田博朗(以下「仁田」という。)に対し、本件各不動産を担保とする融資(以下「本件融資」という。)の申込みをし、松山材木店の運転資金等を得る目的で得た融資が高利であったため借替えを行いたいこと、本件各不動産を売却し、その代金を返済に充てる予定であること、吉次郎は本件融資を承知していることなどを述べた。また、京子は、同月八日、被告の本店において、被告の融資課長田代に対し、本件融資の手続一切を吉次郎から任されていると述べ、吉次郎の実印と印鑑登録証明書を提出した。

(2) 田代は、本人確認ができれば本件融資を実行してよい旨被告の代表取締役瀧口克巳(以下「瀧口」という。)から権限を授与され、同月九日に吉次郎宅に赴いた際、京子は、吉次郎の実印と印鑑登録証明書を所持しており、吉次郎と年齢が相応する自称吉次郎が京子とともに現れた。自称吉次郎は、本件融資、本件根抵当権設定契約などについては京子から聞いて知っており、全て京子に任せているという態度を示し、京子の指示に従って、本件根抵当権設定契約証書、吉次郎及び京子を連帯債務者とする五億二〇〇〇万円の連帯借用契約(以下「本件連帯借用契約」という。)の契約証書、本件連帯借用契約について執行認諾文言を含む公正証書作成嘱託の委任状(以下「本件公正証書作成嘱託委任状」という。)等の本件融資の必要書類に「松山吉次郎」と署名し、吉次郎の実印を押捺した。さらに、田代が、本人確認のためポラロイドカメラで自称吉次郎の写真を撮影し、松山材木店付近の店舗関係者に対して吉次郎本人であるか否かの確認を試みたところ、右関係者は、長期間吉次郎に会っておらず写真の写りも不鮮明であり断定できない旨述べた。このため、田代が直ちに京子に自称吉次郎を再度撮影させてくれるか又は吉次郎の以前の写真を見せてくれるよう要求したのに対して、京子は吉次郎の写真のアルバムはないが、吉次郎をよく知る人物がいると言って、松山材木店付近の水道工事現場にいた男を指示した。田代が右の男に自称吉次郎の写真を見せたところ、右の男は、写真に写っている人物は間違いなく吉次郎であると言ったため、田代は、自称吉次郎が吉次郎本人であると信じた。

(三) 京子は、次のとおり代理権を有していた。

(1) 京子は、本件根抵当権設定契約締結当時、吉次郎の妻であり、日常家事代理権を有していた。

(2) 吉次郎は、次のとおり、京子に対して自己の財産に関する代理権を授与し、その管理・処分行為を行わせ、ア、イにおいて借り入れた資金を松山材木店の営業資金や吉次郎所有の貸家・アパートの改修費用等に用いていた。

ア 八千代信用金庫(以下「八千代信金」という。)との間の金銭消費貸借契約(担保貸付)関係

① 昭和五七年二月二四日付け一〇〇〇万円の借入債務の昭和五八年一月二五日付け弁済及び右債務を被担保債権とする(一)の不動産についての抵当権設定登記の抹消登記手続

② 同年五月二五日付け五〇〇万円の借入債務の金利及び返済期日の昭和五八年三月二九日付け並びに同年四月一〇日付け各変更契約、昭和六〇年一月二五日付け右債務の弁済並びに右債務を被担保債権とする(一)の不動産についての抵当権設定登記の抹消登記手続

③ 昭和五七年九月二九日付け一〇〇〇万円の借入れ、右債務を被担保債権とする(一)の不動産についての抵当権設定契約及びその登記手続、昭和五八年三月二九日から昭和六三年五月二三日までの間の九回にわたる右債務の金利及び返済期日の各変更契約並びに右債務の同年一〇月一八日付け弁済及び右抵当権設定登記抹消登記手続

④ 昭和六一年五月三一日付け債務者を松山材木店とする極度額一五〇〇万円の(一)及び(五)の不動産についての根抵当権設定契約並びにその登記手続

イ 八千代信金との間の金銭消費貸借契約(証書貸付)

① 昭和五八年四月一八日付け五〇〇万円の借入れ

② 昭和五九年一月一八日付け二五〇万円の借入れ

③ 昭和六〇年一〇月九日付け五〇〇万円の借入れ

④ 昭和六一年五月三一日付け五〇〇万円の借入れ

ウ 貸家・アパートの賃貸借契約及び事務処理

京子は、吉次郎を代理して、その権限に基づき、吉次郎所有の貸家・アパートについて、賃借人との契約条件の交渉、契約締結、賃料取立等を行った。

エ 原告所有建物の所有権保存登記手続

オ 八千代信金以外の者との間の金銭消費貸借

京子は、吉次郎を代理して、その権限に基づき、株式会社ニッセイ(以下「ニッセイ」という。)、赤穂恭雄(以下「赤穂」という。)、朝鮮埼玉信用組合、株式会社城企画(以下「城企画」という。)等の団体及び個人からの借入れ、吉次郎所有の不動産についての抵当権・根抵当権等の設定契約並びに右各債務の弁済及び各抵当権・根抵当権等の設定登記抹消登記手続を行った。

カ 京子は、吉次郎を代理して、東京都との間で吉次郎が訴外宗保院から賃借していた土地の収用に係る昭和五七年一二月一七日付け借地権消滅補償契約の交渉・締結を行った。

(3) 吉次郎は、京子に松山材木店の資金調達、営業等経営の一切を任せていた。また、松山材木店のために吉次郎所有の不動産に担保権を設定することを包括的に認めていた。

(4) 仮に、吉次郎が、京子に対し、右(1)ないし(3)の代理権を授与していなかったとしても、吉次郎は、京子の(1)ないし(3)の各行為を少なくとも黙示的には追認した。したがって、民法一一〇条及び一一二条の類推適用によって、吉次郎は京子がした本件根抵当権設定契約について責任を免れないというべきである。

3  民法一一〇条の類推適用

仮に、自称吉次郎が京子の手足とはいえず、本件根抵当権設定契約を締結したのが自称吉次郎であるとしても、被告は、前記2(一)及び(二)のとおり、自称吉次郎が吉次郎本人であると信じ、かつそう信じたことには正当な理由があったから、民法一一〇条の類推適用によって保護される。

4  信義則違反

吉次郎は、日ごろ、その実印を京子に預け、自己の財産の管理を京子に任せていたのみならず、吉次郎の家業である松山木材店の経営もすべて京子に任せていた。仮にそうでないとしても、吉次郎が、京子が吉次郎の実印等を濫用して吉次郎所有の不動産に担保を設定することなどを防止しなかったことは、重大な過失に基づく実印等の管理義務違反である。また、本件根抵当権設定契約に基づき、被告が京子に交付した金員のうち四億五〇〇〇万円は、吉次郎の城企画に対する債務の返済に充てられ、右会社が本件各不動産について有していた抵当権の昭和六三年二月二〇日付け設定登記等は抹消されるなどして、吉次郎の利益のために用いられた。

したがって、吉次郎が、本件根抵当権設定契約は自己の与かり知らないことであるとして、その無効を主張することは、信義則に反し許されず、被告に対し、(一)の登記及び(二)の登記の無効を主張することはできない。そして、原告は吉次郎の子として相続によりその法的地位を承継するから、原告においても、(一)の登記及び(二)の登記の無効を主張することはできない。

5  原告の反論5は争う。

(第二、第三事件について)

一 原告

(請求原因)

1  吉次郎と被告間には被告を債権者、吉次郎及び京子を連帯債務者とする東京法務局所属公証人松藤滋作成平成元年第一六八八号債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が存在し、本件公正証書には左記の記載がある。

(一) 吉次郎は、被告に対し、平成元年三月一〇日付けの五億二〇〇〇万円の金銭消費貸借債務を負担していることを確認し、次のとおり返済する。

(1) 弁済期 平成四年三月一〇日(一括返済)

(2) 利息 年9.7パーセント(年三六五日の日割計算による。)とし、毎月一〇日限り向こう一か月分を支払う。

(3) 損害金 年29.2パーセント

(4) 期限の利益喪失約款 金銭消費貸借債務を履行しないときは、期限の利益を失う。

(二) 吉次郎は、金銭消費貸借債務の履行を怠ったときは、直ちに強制執行に服することを認諾する。

2  被告は、平成元年八月二五日、本件公正証書に基づき、別紙物件目録(その二)記載の各動産に対し、差押えをした(東京地方裁判所八王子支部平成元年(執イ)第三六八九号)。

3  被告は、本件公正証書に基づき、東京地方裁判所八王子支部に対し、別紙物件目録(その三)記載の各建物について強制競売の申立てをし、同支部は、平成元年七月二八日、強制競売開始決定をしてこれを差し押さえた(同支部平成元年(ヌ)第一二二号)。

4  第一事件の請求原因2と同じ。

よって、原告は、被告に対し、本件公正証書に基づいて被告が前記の2の各動産及び3の各建物に対してした強制執行の不許を求める。

(被告の主張に対する認否)

1  同1ないし3の事実はいずれも知らない。

2  同4の事実は否認する。

3  同5ないし7の事実はいずれも知らない。

二 被告

(請求原因に対する認否)

1  請求原因1ないし3はいずれも認める。

2  同4については、第一事件の請求原因2に対する認否と同じ。

(被告の主張)

(有権代理の主張)

1  被告は、松山京子との間で、平成元年三月九日、前記一1(一)記載の約定で金額五億二〇〇〇万円の本件連帯借用契約を締結し、かつ、本件連帯保証契約につき執行認諾文言を含む公正証書を作成する旨合意し、同月一〇日、京子に対し、先払利息三か月分、本件連帯借用契約債務を担保するための本件根抵当権設定契約及び本件条件付賃借権設定契約に基づく(一)の登記及び(二)の登記の手数料、火災保険料及び契約費用等を差し引いた四億九一七七万七九八五円を交付した。

2  京子は、被告に対し、右公正証書作成嘱託に関する吉次郎の代理人を選任する権限を授与した。

3  京子は、本件連帯借用契約締結及び右2の公正証書作成嘱託代理人選任権授与の際、いずれも吉次郎のためにすることを示した。

4  吉次郎は、京子に対し、本件連帯借用契約締結及び前記2の公正証書作成嘱託代理人選任権授与に先立ち、それらの代理権を与えた。

5  被告は、右2ないし4に基づき、吉次郎の公正証書作成嘱託の代理人として訴外中川輝幸(以下「中川」という。)を選任した。

6  被告及び中川は、平成元年七月七日、東京法務局所属公証人松藤滋に対し、本件連帯借用契約について執行認諾文言を含む公正証書の作成を嘱託した。

7  本件公正証書は、右1ないし6に基づくものである。

三 当事者双方のその余の主張及び認否は、第一事件のおける表見代理、民法一一〇条の類推適用並びに信義則違反に係る主張及び認否のとおりである。

(反訴事件について)

一  反訴原告

(反訴請求原因)

1  主位的請求原因

(有権代理の主張)

(一)  第二、第三事件の被告の有権代理の主張1、3及び4と同旨。

(二)  吉次郎は、平成元年六月一〇日を支払期日とする利息の支払いを怠り、期限の利益を喪失した。

よって、反訴原告は、反訴被告に対し、本件連帯借用契約に基づき、五億二〇〇〇万円及び吉次郎が期限の利益を喪失した日の翌日である平成元年六月一一日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 予備的請求原因

(一)  吉次郎は、その実印等の管理をすべて京子に任せていた。仮に、吉次郎が実印等を自宅の一室の金庫に保管し、その鍵を同室の茶箪笥の引出しに入れて自ら管理していたつもりであったとしても、京子においてその鍵の所在を熟知し、いつでも金庫を開けてそれらを持ち出すことができる状態にあった。したがって、吉次郎は、京子が実印等を濫用しないよう注意・監視する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った。

(二)  京子は、吉次郎の実印等を濫用して、自分が吉次郎から本件連帯借用契約を締結する権限を与えられているかのように装って、反訴原告を欺き、反訴原告にその旨誤信させ、その結果、反訴原告は、本件連帯借用契約を締結して五億二〇〇〇万円の貸付けをしたが、その回収が不能となり同額の損害を被った。

(三)  右損害は、吉次郎の前記(一)の実印等の管理義務違反によって生じたものであり、吉次郎は、右額について不法行為に基づく損害賠償責任を負い、反訴被告は、吉次郎の相続人として右賠償義務を承継した。

よって、反訴原告は、反訴被告に対し、不法行為責任に基づく損害賠償として、五億二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成元年三月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 反訴被告

(主位的請求原因に対する認否)

1  主位的請求原因について

同(一)については、第二、第三事件の被告の有権代理の主張に対する認否1及び4と同じ。(二)は争う。

2  予備的請求原因について

(一) 同(一)のうち、吉次郎が実印等を自宅の一室の金庫に保管し、その鍵を同室の茶箪笥の引出しに入れて自ら管理していたことは認め、その余は否認し、争う。吉次郎に実印等の管理義務違反はない。

(二) 同(二)は知らない。

(三) 同(三)は争う。

三 当事者双方の主位的請求原因についてのその余の主張及び認否は、第一事件における表見代理、民法一一〇条の類推適用並びに信義則違反に係る主張及び認否のとおりである。

第五  証拠<省略>

理由

第一第一事件について

一請求原因について

請求原因1、2(一)及び3(一)、(二)の各事実並びに吉次郎が京子と婚姻していたことはいずれも当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、吉次郎と京子が、原告(田村典子)と昭和六〇年六月一七日、養子縁組の届出をしたこと、吉次郎には他に子がないこと、及び吉次郎が平成三年六月七日、京子と協議離婚したこと、したがって、原告が吉次郎の唯一の相続人であることがそれぞれ認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

二本件融資に至る経緯について判断する。

<書証番号略>、京子証言(一部)、田代証言(一部)、松山吉次郎本人尋問の結果(一部)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められ、京子証言、田代証言及び松山吉次郎本人尋問の結果中、右認定に反する部分はいずれも採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1(一)  吉次郎は、昭和三三年、合資会社松山材木店を設立して、無限責任社員となり、材木業を営んでいたが、昭和五八年七月二七日、高齢となったこともあって有限責任社員の地位に退き、当時吉次郎の妻であった京子が単独の無限責任社員として松山材木店の代表者となった。京子は、そのころから、松山材木店の帳簿事務、日常的な仕入業務、手形振出等をするようになり、他方、吉次郎は材木の目利き等の仕事をする程度となった。

(二)  その後、松山材木店の経営状態は悪化し、松山材木店の経営資金や吉次郎所有の貸家・アパートの改修費用等も、取引金融機関であった八千代信金から吉次郎が借入した借入金で賄うようになった。右の借入れのうち次のものは、吉次郎の明示又は黙示の承諾の下に、京子が借入手続、担保設定等手続、返済等を行った。

(1) 昭和五七年五月二五日付け五〇〇万円の金銭消費貸借(使途は松山材木店への転貸金)の昭和五八年三月二九日付け金利及び返済期日変更契約並びに昭和五九年四月一〇日付け返済期日変更契約

(2) 昭和五七年九月二九日付け一〇〇〇万円の金銭消費賃借の昭和五八年三月二九日付け金利及び返済期日変更契約、昭和五九年四月一〇日付け返済期日変更契約並びに昭和六三年五月二三日までの間の金利及び返済期日の各変更契約

(3) 昭和五八年四月一八日付け五〇〇万円の金銭消費貸借(右金員は松山材木店へ転貸し、その債務の支払等に供した。)及び返済期日の変更契約

(4) 昭和五九年一月一八日付け二五〇万円の金銭消費貸借(使途は吉次郎所有の貸家・アパートの改修資金である。)及びこれらについて吉次郎名義の三〇〇万円の定期預金を担保に供すること

(5) 昭和五九年九月一二日付け五〇〇万円の金銭消費貸借(使途は松山材木店への転貸)及びこれについて吉次郎の定期預金を担保に供すること。

(6) 昭和六〇年一月二五日付け前示(1)の債務の弁済

(7) 昭和六〇年二月六日付け(一)の不動産についての昭和五七年二月二四日付け一〇〇〇万円の金銭消費貸借債務及び前示(1)の債務を担保するための各抵当権設定登記の抹消登記手続

(8) 昭和六〇年一〇月九日付け五〇〇万円の借入れ(使途は貸家・アパート、自宅の改修費、松山材木店への転貸金)

(9) 昭和六一年五月三一日付け債務者を松山材木店とする極度額一五〇〇万円の根抵当権設定契約及びその登記手続

(10) 昭和六一年五月三一日付け五〇〇万円の借入れ(使途は貸家等の改修費用である。)

(三)  京子は、ニッセイから、昭和六二年一〇月六日、松山材木店の資金として同店名義で一〇〇〇万円を借入れ、ニッセイのため(一)及び(四)ないし(六)の不動産に極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定したが、昭和六三年七月一三日、訴外長田某を通じて訴外有限会社守建設(以下「守建設」という。)を紹介され、京子が(一)の不動産を担保に供し、利息を守建設が負担するとの条件で、赤穂から同社、吉次郎及び京子を債務者として五〇〇〇万円を借入れ、赤穂のため(一)ないし(六)、(九)及び(一〇)の不動産に極度額四億円の根抵当権を設定した上、京子らの借入分からニッセイに対する債務を弁済してその根抵当権設定登記を抹消した。その後、京子は、赤穂から紹介を受けた訴外堀某を通じて、同様に京子が吉次郎の不動産を担保に供し、利息を訴外木村幹男が負担するとの約定で朝鮮埼玉信用組合から右の木村名義で約二億八〇〇〇万円を借入れ、その借入分から赤穂や八千代信金に対する債務を弁済し、その抵当権及び根抵当権設定登記をそれぞれ抹消した上、朝鮮埼玉信用組合のため(一)ないし(六)、(九)及び(一〇)の不動産に極度額三億円の根抵当権を設定した。さらに、京子は、右の堀から紹介された株式会社東京シーエフビーの代表取締役で、いわゆる金融ブローカーである徳永伸一郎(以下「徳永」という。)の周旋によって、右債務の借替えとして、城企画から、松山材木店を債務者、吉次郎及び京子を連帯保証人として四億五〇〇〇万円を借入れ、本件各不動産に根抵当権を設定したが、右借入れの借用証書<書証番号略>の吉次郎の署名は吉次郎であると称した別人がした。その後、京子は、徳永から右債務は高金利であることを理由として借替えを勧められた。京子は、右のニッセイ、赤穂、朝鮮埼玉信用組合及び城企画からの一連の借入・借替行為については、吉次郎に話してはおらず、吉次郎はこれらを知らなかった。

2(一)  被告は、平成元年二月初旬ころ、いわゆる金融ブローカーである訴外有限会社ウエノプランニングの従業員で、被告に借主を紹介したことのあった訴外大谷昇(以下「大谷」という。)を通して徳永を紹介され、同人から、本件各不動産を担保とする松山材木店に対する融資の依頼を受けた。そこで、被告においては、被告の総務部調査課の知念憲行に、同月中旬ころ、本件各不動産の現地を調査させ、その価値を合計約七億円と評価した。

(二)  京子は、同年三月二日、大谷及び徳永を同道して被告本店を訪れて被告の常務取締役であった仁田と面談し、主債務者を松山材木店、連帯保証人を吉次郎及び京子として金五億四〇〇〇万円を借り受けたいこと、借替えによって城企画に対する債務の高率な金利負担を軽減し、また、近く解散する予定の松山材木店の解散処理資金に充てる予定であること、返済は本件各不動産を売却し、その代金を充てる予定であること、本件融資の件は吉次郎本人も承知していることなどを述べた。

(三)  瀧口は、同年三月六日、融資申込金額が大きかったことから、自ら本件各不動産を見分し、これらに付着する借地権・借家権等の負担を前提としても五億二〇〇〇万円程度の融資が可能であると考え、松山材木店を債務者とするのではなく、吉次郎と京子を連帯債務者とすること及び本件各不動産を担保に供することについて吉次郎の意思の確認を得ることを条件として本件融資を行うことを承認した。

(四)  同月八日に京子が吉次郎とともに被告本店に赴き、融資内容を確定して必要書類に両名が署名押印することとされていたが、当日、京子は、徳永及び大谷を介して、仁田に対し、吉次郎が降雪のため負傷し同行できなくなった旨連絡した。その後、京子と徳永が被告本店を訪れ、被告の当時の融資課長であった田代と折衡し、吉次郎及び京子を連帯債務者とすることとする本件融資の内容を承認した上、京子は、本件連帯借用契約証書<書証番号略>、本件根抵当権設定契約証書<書証番号略>、本件公正証書作成嘱託の委任状<書証番号略>等に自己の署名押印をして、京子及び吉次郎の印鑑登録証明書、本件各不動産の登記済権利証等を提出した。田代は、吉次郎の意思確認が本件融資の条件とされており、かつ、より慎重を期するため、田代が翌日午後二時ころ、吉次郎の自宅に自ら赴き、直接吉次郎本人に融資関係書類の署名押印をしてもらうこととし、その旨京子の承認を得た。田代は、京子に対し、吉次郎を確認するため、吉次郎の運転免許証、パスポートなどの身分を証明するものを用意することを求めたが、京子は、吉次郎が老齢のためにそうしたものがないと述べた。このため、田代は、ポラロイド写真で吉次郎を撮影し、その写真を第三者に確認してもらうこととした。

(五)  京子は、田代が自宅に来ることになったため、徳永らと相談し、徳永らが第三者を用意して右人物を吉次郎に仮装し、吉次郎のいわゆる替え玉工作を行うこととした。

(六)  田代は、同月九日、吉次郎宅を訪れ、その応接間で、京子から数が不足していた吉次郎の印鑑登録証明書等を受領した。そこには徳永が同席していた。その後、京子は、一人の老齢の男、すなわち吉次郎の替え玉である自称吉次郎を応接間に連れて来て、田代に引き合わせた。自称吉次郎は、田代が「吉次郎さんですか。」と問うとこれに頷き、前日京子と田代との間で決定した本件融資の内容・担保設定の条件等を田代が説明すると、京子から聞いてそれらは了解していると述べた上、本件連帯借用契約証書<書証番号略>の連帯債務者欄、本件根抵当権設定契約証書<書証番号略>の債務者兼設定者欄、本件公正証書作成嘱託委任状(<書証番号略>。債務者選任の代理人欄が空欄となっていたもの。)、登記申請委任状(<書証番号略>)等に「松山吉次郎」と署名し、押印した。右の印は、吉次郎の印鑑登録証明書のものと同一であった。

(七)  田代は、右の状況から自称吉次郎が吉次郎本人であると思ったが、さらに確認のため、持参したポラロイドカメラで右男を撮影し、付近の雑貨店やクリーニング店の店番の者に対し写真の人物の確認を試みたところ、右の者らは、長期間吉次郎に会っていない又は面識がない等の理由で分からないと述べたため、松山材木店の事務所に戻っていた京子に対し、吉次郎を知る者による確認を要求した(なお、その前後を通じ、田代は京子に吉次郎のアルバムを見せてくれるよう依頼していたが、京子は自宅にも右事務所にもないと言っていた。)。そこで、京子は、付近の水道工事現場にいた男に、保険会社の者が来て質問をするから、写真の人物が吉次郎本人であると応答するよう依頼・工作した。田代は、京子が吉次郎を知る人物として松山材木店付近の水道工事現場にいた男を指示したため、この男に自称吉次郎の写真を見せると、右男は、写真の人物は吉次郎であること、自分は吉次郎と親しく三〇年来の知り合いであることなどを述べたため、田代は、自称吉次郎が吉次郎本人であると信じた。

(八)  被告は、京子に対し、同月一〇日、先払利息三か月分、本件連帯借用契約債務を担保するための本件根抵当権設定契約及び本件条件付賃借権設定契約に基づく(一)の登記及び(二)の登記の手数料、火災保険料及び契約費用等を差し引いた四億九一七七万七九八五円を、小切手、振込送金、現金等で交付した。

(九)  平成元年六月一〇日の第一回利息支払期日が経過した後も、利息が支払われず、被告の社員中川らが同年七月五日ころ、吉次郎宅に赴いて吉次郎本人に会ったところ、吉次郎は本件融資に覚えがないと述べ、また、前記(七)の自称吉次郎のポラロイド写真との対照から、自称吉次郎は吉次郎本人と別人であったことが判明した。田代は、翌日、松山材木店に赴き自らこれを確認したが、その際、京子は、本件融資は吉次郎に無断でしたものであると述べた。

三被告の主張(有権代理)について判断する。

被告は、まず、吉次郎が京子に対して本件根抵当権設定契約の代理権を授与したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。また、被告は京子には吉次郎の財産に関する包括的代理権があったと主張するところ、確かに、前示二によれば、京子は、昭和五八年七月二七日に松山材木店の唯一の無限責任社員となったころから、吉次郎の金銭借入れ、担保設定、弁済行為等を行っていたことが認められるが、それらはいずれも数百万円ないし一五〇〇万円程度の借入れであり、担保に供した物件も(一)及び(四)の不動産のみであったことが認められ、これらの事実からすれば、右当時から、京子は、吉次郎から、松山材木店の通常の業務処理及び吉次郎所有の貸家・アパートの改修等吉次郎の財産の維持・管理のために、吉次郎の財産の一部を担保に供するなどして利用することができるという範囲・程度の権限を付与されていたことが推認できる。しかし、本件根抵当権設定契約及び本件連帯借用契約のごとく、多数の不動産について担保を設定し(<書証番号略>及び京子証言によれば、これには吉次郎の居住用財産を含んでいることがみとめられる。)、五億二〇〇〇万円にも及ぶ多額の借入れをなすことのできるような包括的な代理権を有していたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余を判断するまでもなく、被告の主張1は理由がない。

四被告の主張(民法一一〇条の類推適用)について判断する。

1  被告は、本件根抵当権契約、本件連帯借用契約及び本件公正証書作成嘱託の代理人選任権の授権行為の行為者が京子である旨主張しているが、一般に、重要な財産上の契約等はその契約証書等の署名押印行為をもってこれを成立させるのが通常であると考えられるところ、前示二の事実及び前記二掲記の各証拠によれば、本件融資の内容等は既に被告と京子間で決定されており、また、自称吉次郎は、京子らからの依頼により一時的に吉次郎本人を仮装して単に署名押印したに過ぎないものの、被告は予め吉次郎本人に本件根抵当権設定契約証書、本件公正証書作成嘱託委任状等に署名押印してもらうことを予定し、自称吉次郎も契約締結等の意思表示としての意味を有する署名押印の際は、吉次郎本人として行動しその署名押印をしたものと認められるから、被告においても自称吉次郎を行為者として契約を締結する認識であったものであり、自称吉次郎が、本件根抵当権設定契約、本件連帯借用契約の行為者としてこれらを締結し、また、本件公正証書作成嘱託の代理人選任権の授権行為の行為者として授権行為をしたものというべきである。

2 ところで、本人でないのに本人であると称した者が、本人から代理権又は一定の権限を与えられた者と意を通じて、右代理権又は権限の範囲を超える行為をした場合において、その行為の相手方において、右行為を本人自身の行為であると信じ、かつそう信じたことに正当な理由があると認められるときは、民法一一〇条の類推適用によって、当該相手方は保護されると解するのが相当である。けだし、本人から一定の代理権を授与された者が、本人自身であると称して右代理権の範囲を超える行為をした場合において、相手方がこれを本人自身の行為であると信じ、かつ、そう信じたことに正当な理由があるときは、民法一一〇条の類推適用により表見代理の成立を認めて当該相手方を保護すべきである(最高裁昭和四四年一二月一九日第二小法廷判決・民集二三巻一二号二五三九頁)が、代理人が本人自身と称した場合と代理人が他の第三者と意を通じて右第三者が本人自身であると称して右代理権又は権限の範囲を超える行為をした場合との間に、相手方の信頼に関する限り、差異がなく、したがって、相手方の保護に差異を認めるべき合理的理由は見出し難い上、後者の場合において、代理人が代理人として行動すれば表見法理により救済される場合であるのに、相手方において、慎重を期し、本人の意思の確認を求めたためにその救済が図られないというのは不合理というべきだからである。

3  まず、京子の基本代理権について判断する。

前示三のとおり、京子は、昭和五八年七月二七日に松山材木店の唯一の無限責任社員となったころから、吉次郎から、松山材木店の通常の業務処理及び吉次郎所有の貸家・アパートの改修等吉次郎の財産の維持・管理のために、吉次郎の財産の一部を右業務に関連して債務の担保に供するなどとして利用することができるという範囲・程度の権限を与えられていたものであり、右権限は、民法一一〇条類推適用の基礎となる基本代理権と認められる。

4  田代は、前示二のとおり、本件根抵当権設定契約締結に際し、自称吉次郎を吉次郎本人であると信じたものと認められるので、右信頼について正当自由が認められるか否かについて判断する。

前示二の事実によると、被告の担当者が自称吉次郎を真の吉次郎と信じた事情として、

(一)  京子らが本件融資を申し入れた当時、本件不動産には、債権者を城企画、債務者を松山材木店、極度額を四億五〇〇〇万円とする根抵当権が設定され、京子は、被告の担当者に対し、本件融資金を城企画からの借入金の弁済(借替え)と松山材木店の解散処理のために使用するものであり、このことは、吉次郎も承知していると述べたが、京子が、吉次郎の妻であり、松山材木店の無限責任社員であることを考えれば、吉次郎が本件融資を受け、本件根抵当権設定契約書を締結する理由として首肯できるものであったこと、

(二)  京子は、被告の担当者に対し、当初は、平成元年三月八日に吉次郎を被告の本店に同行することを承諾し、右当日になって、同行できない旨を伝えたが、吉次郎の印鑑登録証明書、本件各不動産の登記済権利証等を所持していたこと、

(三)  被告の担当者が、京子に対し、吉次郎の自宅に赴き、吉次郎自身に会って、吉次郎自身に本件根抵当権設定契約の関係書類に署名、押印することを求めたところ、京子は、これを承知したこと、

(四)  京子は、吉次郎の自宅の応接間において、被告の担当者に対し、吉次郎と称する男を引き合わせ、その男は、吉次郎であることを肯定した上、本件融資、本件根抵当権設定契約の関係書類に署名し、押印したが、右の印は、吉次郎の印鑑登録証明書と同一のものであったこと。

(五)  田代は、吉次郎と称する男の写真をポラロイドカメラで撮り、これを付近の水道工事現場にいた者に示したところ、同人はその写真の男が吉次郎であると確認し、自分は吉次郎と三〇年来の知り合いであると述べたこと、以上の事実が存したのであり、右の事実によれば、被告が金融業者であることを考慮に加えても、通常人としては、自称吉次郎を吉次郎本人であると信じるのは、無理からぬものがあり、田代が右のように信じたことには正当な自由があったというべきである。

原告は、京子の借入申入れの調査、自称吉次郎についての確認において、被告に過失があった旨主張するところ、田代証言及び弁論の全趣旨によれば、金融取引において、金利のより低い融資を求めて借替えの行われることは少なくないことが認められ、前示二の経緯を考えれば、被告が、城企画からの融資について不審を抱かなかったことをもって、被告に責めがあるとはいえない。また、自称吉次郎の確認については、妻が自宅において夫を偽ることは希有のことであり、前示二の経緯でもって、田代が自称吉次郎を吉次郎本人であると信じたことには合理性があり、田代が自称吉次郎との面談の際に吉次郎の身上や本件融資について仔細に質問せず、また写真の確認を第三者に求めた際に、右第三者の身分、吉次郎との関係等について簡易なやりとりで済ませたことをもって、これについて田代に落ち度があったとすることはできない。

したがって、被告において、自称吉次郎を吉次郎本人であると信じるについて正当な理由があったものと認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

5 以上からすると、本件根抵当権設定契約については、民法一一〇条を類推適用すべき要件が存在し、本件根抵当権設定契約は有効であるというべきである。

したがって、被告の主張3は理由がある。

五以上の事実によれば、その余の被告の主張について判断するまでもなく、原告の被告に対する第一事件の請求は失当である。

第二第二、第三事件について

一請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがなく、原告が、吉次郎の唯一の相続人であることは、第一事件について認定したとおりである。

二被告の有権代理の主張について

1 被告は、まず、吉次郎が京子に対して本件公正証書作成嘱託及びその代理人選任権限の代理権を授与したと主張するが、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。また、被告は、京子には吉次郎の財産に関する包括的代理権があったと主張するが、第一、二のとおり、包括的な代理権を有していたものと認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余を判断するまでもなく、被告の有権代理の主張は理由がない。

2  被告のその余の主張について

前示1からすれば、京子は、吉次郎を代理して公正証書を作成させ、又はその嘱託に関する代理人を選任する権限を有していなかったものというべきところ、被告は、かかる場合においても、民法一一〇条等のいわゆる表見法理によって保護されると主張するが、公正証書作成嘱託及びその執行受諾の意思表示については、訴訟行為として公証人に対して有効になされることを要し、民法一一〇条の適用又は準用若しくは類推適用はされないものと解される(最高裁昭和三二年六月六日第一小法廷判決・民集一一巻七号一一七七頁、同昭三三年五月二三日第二小法廷判決・民集一二巻八号一一〇五頁参照。)から、右主張は失当である。

次に、被告は、吉次郎及びその地位を承継した原告が本件公正証書作成嘱託及びその執行受諾の意思表示の無効を主張することは、信義則に反すると主張するが、右無効の主張が信義則に反することを認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余を判断するまでもなく、被告のその余の主張はいずれも理由がない。

三以上の事実によれば、原告の被告に対する第二、第三事件に係る請求は理由がある。

第三反訴事件について

一反訴請求原因について

1  主位的請求原因(一)について

吉次郎が京子に対して本件連帯借用契約締結の代理権を授与したとの主張及び京子には吉次郎の財産に関する包括的代理権があったとの主張について、いずれもこれを認めるに足りる証拠はないことは、第一事件について認定判断したとおりである。

したがって、その余を判断するまでもなく、京子の代理権を理由とする本主位的請求は理由がない。

2  主位的請求原因(二)について

(一)第一、四に判示のとおり、本件連帯借用契約の行為者は、反訴原告と自称吉次郎であると解されるところ、右に判示のとおり、反訴原告が自称吉次郎を吉次郎本人であると信じ、かつそう信じたことには正当な理由があり、京子には基本代理権があったものと認められるから、民法一一〇条の類推適用により、本件連帯借用契約は有効であるというべきである。

(二) 平成元年六月一〇日を経過したことは当裁判所に顕著な事実であり、右時点で支払うべき利息が支払われた旨の主張立証はないから、吉次郎は期限の利益を喪失したものと認められる。

(三) 反訴被告が吉次郎の唯一の相続人であることは、第一事件について認定したとおりである。

二以上によれば、反訴被告は、反訴原告に対し本件連帯借用契約に基づき、五億二〇〇〇万円及びこれに対する反訴被告が期限の利益を喪失した日の翌日である平成元年六月一一日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による約定の遅延損害金を支払う義務がある。

第四結論

以上の次第であるから、原告の第一事件請求は理由がないからこれを棄却し、原告の第二、第三事件の各請求はいずれも理由があるからこれらを認容し、被告の反訴事件の主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、第二、第三事件における強制執行停止決定の認可とその仮執行の宣言について民事執行法第三七条一項をそれぞれ適用し、なお、反訴事件についての仮執行宣言は相当でないので付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官筧康生 裁判官深見敏正 裁判官内堀宏達)

別紙物件目録(その一)

(一)、東京都町田市金森壱丁目弐四番弐

宅地 1603.30平方メートル

(二)、東京都町田市金森壱丁目弐四番六

宅地 66.11平方メートル

(三)、東京都町田市金森壱丁目弐四番七

宅地 26.44平方メートル

(四)、東京都町田市金森壱丁目弐四番地弐

家屋番号 弐四番弐の壱

木造スレート瓦葦平家建 居宅

床面積 74.08平方メートル

(附属建物の表示)

符合1 木造スレート瓦葦平家建物置

床面積 16.52平方メートル

符合2 木造スレート瓦葦平家建車庫

床面積 13.77平方メートル

(五)、東京都町田市金森壱丁目弐四番地弐

家屋番号 弐四番弐の弐

木造スレート瓦葦平家建 居宅

床面積 47.92平方メートル

(六)、東京都町田市金森壱丁目弐四番地弐

家屋番号 弐四番弐の参

木造スレート瓦葦平家建 居宅

床面積 39.93平方メートル

(七)、東京都町田市金森壱丁目弐四番地弐

家屋番号 弐四番弐の五

木造亜鉛メッキ鋼板葦弐階建 店舗居宅

床面積 壱階 87.58平方メートル

弐階 35.94平方メートル

(八)、東京都町田市金森壱丁目弐四番地弐

家屋番号 弐四番弐の六

木造亜鉛メッキ鋼板葦弐階建 倉庫

床面積 壱階 87.90平方メートル

弐階 49.68平方メートル

(九)、東京都町田市原町田弐丁目四八番地、四六番地壱

家屋番号 四八番

木造亜鉛メッキ鋼板葦弐階建 居宅

床面積 壱階 160.39平方メートル

弐階 17.76平方メートル

(十)、東京都町田市原町田弐丁目四八番地

家屋番号 八八壱番

木造瓦葦平家建 居宅

床面積 52.89平方メートル

別紙登記目録

(一) 別紙物件目録(その一)(一)ないし(一〇)記載の各不動産につき

根抵当権設定登記

東京法務局町田出張所

平成元年参月壱〇日受付

第六六参九号

(二) 別紙物件目録(その一)(四)ないし(一〇)記載の各不動産につき

条件付賃借権設定仮登記

東京法務局町田出張所

平成元年参月壱〇日受付

第六六四〇号

別紙物件目録(その二)

(番号)(差押物)(数量)(評価額、円)

一、 八抽斗整理タンスとりまぜ二 八、〇〇〇

二、 東芝三枚戸冷蔵庫 一

一〇、〇〇〇

三、 東芝洗濯機 一

一〇、〇〇〇

四、 四抽斗四枚ガラス食器戸棚一 四、〇〇〇

五、 二抽斗六枚ガラス食器戸棚一 三、〇〇〇

六、 サンヨー電子レンジ 一

三、〇〇〇

七、 ナショナルガスルームクーラー 一 一〇、〇〇〇

八、 三抽斗二枚ガラスサイドボード 一 一〇、〇〇〇

九、 ナショナルルームクーラー一 三、〇〇〇

一〇、 応接三点セット 一

三、〇〇〇

一一、 長方型座卓 一

二〇、〇〇〇

一二、 長方型座卓 一

三〇、〇〇〇

一三、 四抽斗三枚ガラス戸サイドボード 一 一五、〇〇〇

一四、 サンヨールームクーラー一 五、〇〇〇

一五、 応接セット(テーブル一、椅子三) 一 二〇、〇〇〇

一六、 サンヨー十六吋カラーテレビ(台共) 一 三、〇〇〇

一七、 二枚ガラス二抽斗サイドボード 一 一〇、〇〇〇

一八、 ビクターステレオ六点セット 一 一〇、〇〇〇

一九、 ツイタテ 一

一五、〇〇〇

(合計) 一九二、〇〇〇

別紙物件目録(その三)

一、東京都町田市原町田一丁目一〇二〇番地

家屋番号 六四九番四

木造亜鉛メッキ鋼板葦平家建 工場

床面積 72.72平方メートル

二、東京都町田市原町田一丁目一〇二〇番地一

家屋番号 六四九番八

木造亜鉛メッキ鋼板葦平家建 共同住宅

床面積 114.04平方メートル

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